いまも残る旧軍航空機防空壕

2009年08月15日 16:34

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 終戦記念日前日の8月14日、川湯から中標津に向かうたびに車の中から見ていた、中標津町計根別(なかしべつちょう・けねべつ)の畑の中に残る旧日本軍の飛行機防空壕を、車を停めて撮影した。インターネットで調べてみると、私が思っていた旧海軍ではなく陸軍航空隊のものだった。道東各地には、太平洋戦争中、北方からの米ソの侵入に備えて、上空からは見えにくく爆撃された場合、被害を最小限にする小型の飛行場が建設された。広大な畑地帯のここは、陸軍が計根別飛行場として、第1から第5まで5つの飛行場を建設し、互いを畑の中の誘導路で結んでいた。そしていまも残るこの防空壕は第1飛行場に属していた。この計根別第1飛行場は1942年1月に着工、44年2月に完成し、第73飛行大隊、飛行第32戦隊などが使っていた。滑走路は、コンクリート製の幅100メートル、長さ1500メートルと、土だけの幅150メートル、1400メートルの2本。格納庫8棟のほかに屋根のない掩体(えんたい)が28個、コンクリートの覆いがある掩体が5つあった。この一つがこの写真の防空壕だ。上空から見えないようにコンクリートの上は草で覆われている。いまは近くの人たちが農機具の置き場などにしているようだ。

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