てしかが歴史散歩 その7 硫黄山精錬所の跡

2009年10月23日 21:55

硫黄山硫黄山
硫黄山硫黄山
硫黄山硫黄山

 バスは国道391号線から池の湯林道に入り、しばらく北進すると、硫黄山南側の低いかん木がわずかにある、禿げた土地に出会った。ここが弟子屈や道東の発展のきっかけを作った、硫黄山の精錬所の跡だ。とはいっても、いまも残る釜の残骸から見ても原始的な濃縮が行われていたようだ。明治10年、佐野孫右衛門が政府の許可を得て、北側にそびえる硫黄山(510メートル)で露天掘りを開始。ここで濃縮した硫黄を400頭の馬を使って、45キロ下流の標茶まで運び、そこからは釧路川を汽船で釧路まで輸送した。明治20年、採掘権は安田財閥の安田善次郎の手に移った。安田は資本を投入してこの間に北海道では2番目となる鉄道を敷設。この場所の手前でYの字に分かれた線路がここまで入ってきた。しかし乱掘がたたって、わずか9年で大規模採掘はできなくなり、鉱山と鉄道は廃止された。硫黄は火薬、マッチ、肥料などの原料で、日清戦争もあって、高く売れた。安田は投資を回収してあまる利益を上げたようだ。囚人労働などの問題をかかえてはいたが、この鉱山の開発は、川湯や弟子屈の宿、弟子屈の人口増、釧路の炭鉱、釧路港の整備などを呼び起こした。




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