てしかが歴史散歩 その5 殖民軌道と農業

2009年10月24日 11:50

殖民鉄道と農業殖民鉄道と農業
殖民鉄道と農業殖民鉄道と農業
殖民鉄道と農業キング式牧舎
キング式牧舎


 弟子屈の市街地からすぐの所から殖民軌道が始まっていた。現在は舗装道路になっていて、国道243号線より北側の仁多峠を通っている。殖民軌道は道路もまだ整備されていなかった大正から昭和初期にかけて、農家の生産物などを運ぶために北海道が道東、道北に建設した軌道幅762ミリの簡単な軌道で、農家は管理組合に使用料を払って自分の馬を持ち込んで台車をひかせた。弟子屈でも、大正8年(1933年)10月、弟子屈と東隣りの標茶町虹別との間約21.9キロの弟子屈線が開通したが、6年後に峠から標茶側の線路が撤去されて、短い区間しか使えなくなった。それも昭和24年2月で廃止になった。この殖民軌道は北海道独特のもので、戦後は簡易軌道という呼び名で馬に代わってガソリンカーにひかれて使われていたが、昭和46年を最後に姿を消した。地図は、新潮社発行の「日本鉄道旅行地図帳、1号、北海道」から。
もうひとつの平野部が写っている付近、摩周山麓には、昭和10年3月、この地方に合った農業経営を体験させるための拓殖実習場釧路実習場が開設された。北海道が道東・道北の5カ所に開いたもので、釧路実習場は摩周山麓の1000町歩という広大な土地が与えられた。実習生たちは1年間の寄宿舎生活で家畜を主体とした農業を学んだ。現在、この地は摩周湖カントリークラブなどになっている。一番下は、かつての代表的な牧舎である「キング式牧舎」。これとサイロは酪農家の象徴だったが、いまはサイロは不要となり、牧舎はカマボコ型に変わってきている。



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